「身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法」ベッセル・ヴァン・デア・コーク著/柴田裕之訳/紀伊国屋書店

◇トラウマ研究の大家である著者が自身の半生と重ね合わせる形で、トラウマ研究・治療の進展を振り返る大著。トラウマの「再発見」の経緯から、様々な治療法の(刊行当時の)最新情報に至るまで、この一冊でトラウマについて現在押さえておくべきエッセンスの全てが網羅されているのではないかと思えるほど内容が濃い。それでいて医学的知識に乏しくても付いていくことが十分に可能な難易度は保たれている。プロローグで著者自身が「手引きとしてだけではなく、一種の呼びかけとして」執筆したと述べているように、広く社会に向けて書かれた本であることがよくわかる。

◇最も強く印象に残ったのは、トラウマを理解するためなら必要なことは何でもする著者のバイタリティと柔軟さだ。眉唾に思える治療法でも教えを請い、自らの手で検証する。どこへでも赴き、医療の枠を超えて様々な人と協働する。患者の反応に注意を払い、想定を覆されれば予断を修正する。ある分野のトップランナーになる人の姿に(決して自分が目指せるものではないとしても)大きな刺激を受けた。

 以下は本書の内容をざっとまとめた自分用の覚え書き。

 

プロローグ

(トラウマ治療の方法には)基本的に三つの方法がある。(1)他者と話し、(再び)つながり、トラウマの記憶を処理しながら、自分に何が起こっているのかを知って理解するというトップダウンの方法。(2)不適切な警告反応を抑制する薬を服用したり、脳が情報をまとめる方法を変えるような他の技術を利用したりする方法。(3)トラウマに起因する無力感や憤激、虚脱状態とは相容れないと体の芯から感じられる体験をすることによるボトムアップの方法。(p14)

第一章

 著者がトラウマ治療に携わるようになった経緯を、自分の家族や患者の具体的な描写も交えながら説明している。

第二章

 著者の若かりし頃から薬理学・生理学・神経学の発展により、精神疾患の生物学的基盤を持つことが明らかになっていった。同時に薬の開発も進み、多くの患者が救われた。一方で薬の効果は限定的であり、トラウマ治療の全体の中では補助的なものにすぎないと著者は主張する。またネグレクトや虐待の問題を抱えた子供たちを従順にさせる目的で抗精神病薬が処方されていることや、非薬物治療に関する研究が傍流に追いやられてしまっていることへの警鐘も鳴らしている。脳疾患モデルが見逃す人間性の特徴も四つ挙げられている。要約すると(1)健康を回復するためには人間関係やコミュニティの回復が重要(2)言語は自分自身を変える力を与えてくれる(3)人間は自分自身の生理的作用を調節する能力を持つ(4)私たちは安全な環境を整えることができる。

第三章

 画像診断の発達により、トラウマが脳に及ぼす影響を可視化できるようになった。著者らの研究により、フラッシュバックの最中の脳では左半球やブローカー野が不活性になっていることがわかった。これがトラウマを語ることの困難の要因である。

第四章

 脳の機能の説明。視床は感覚を混ぜ合わせ経験に作り替える料理人、扁桃体は煙探知機、前頭葉は監視塔、背外側前頭前皮質は時間管理者のような役割を果たし、生存に寄与している。トラウマはこれらのシステムを破綻させ、情動や身体感覚の問題を引き起こす。

第五章

 情動と身体感覚が結びついており、ここに社会的関係が介在してくる。ポージスは自律神経が司る生理状態を三段階に整理し、安全性のレベルの悪化とともに進行するとする。①社会的関与を求める段階(迷走神経と腹側迷走神経複合体が関与)②より原始的な闘争/逃走の段階(大脳辺縁系、交感神経系)③全身の代謝を抑えた凍結、虚脱の段階(背側迷走神経複合体)。トラウマを負った人は②や③の状態にはまり込んでしまう。治療には従来重視されてきた心の認知的能力に働きかけるだけではなく、社会的関与を行わせるトップダウンと取り組みと体の緊張を和らげるボトムアップの取り組みを織り交ぜた情動調節を試みなければならない。

第六章

 著者は臨床経験からトラウマ患者がしばしば感覚やその統合に支障をきたすことを見出した。著者の観察を裏付ける研究をルース・レイニアスが行っている。この研究では、慢性的PTSD患者では「自己」の感覚を司る脳の正中線構造の活性化が乏しいことがわかった。またダマシオらが、強い否定的情動を追体験すると基本的な身体的機能を調節する脳領域に重大な変化が起こることも報告している。患者はトラウマへの対処の手段として感覚を遮断するが、その結果主体性を損なわれ、生きている実感を奪われてしまう。また体の発する信号を適切に受け取れないため、危険なものと安全なものの区別が難しくなる。失感情に陥り、情動を身体的問題として認識する傾向もみられる。回復のためには身体的感覚を心理的な事象と結びつけるための訓練が必要になるが、その過程で感覚と情動が押し寄せてくることもあるので、治療者は介入の術を身に着けていなければならない。

第七章

 乳幼児は自己の衝動や欲求に適切な反応を返してくれる養育者との間に「愛着」を形成する。「愛着」は外界とつながり、自身を統制していく基盤となって、その後の人生を左右していく。不適切な養育で「愛着」の形成に失敗すると問題行動につながり、更なるトラウマを被ることにもなりかねない。

第八章

 筆者が担当した女性患者を中心に据え、(主に性的)虐待のサバイバーたちに現れる症状を描写している。

第九章

 虐待やネグレクトのような子供時代の養育環境にまつわるトラウマは、発達過程で起こり安全感の獲得を阻害してしまうため、成人後のトラウマとは異なる影響を及ぼす。著者は「複雑性PTSD」という概念の必要性や社会が虐待を放置することの弊害を強く訴えている。養育環境にまつわるトラウマが成長後も種々の問題を引き起こすことを証明した研究として、ロバート・アンダとヴィンセント・フェリッティによる逆境的児童期体験研究(ACE研究)が紹介されている。

第十章

 精神疾患の原因遺伝子の探索が進められてきたが、これまでの研究は環境要因の重要さを明らかにしてきた。経験は遺伝子を変えてしまうことがあるし、遺伝的傾向を抑制することもある。だがDSM-Ⅴや研究領域基準の枠組みは精神疾患における環境要因を蔑ろにしており、「診断名の寄せ集め」しか提示できていない。著者らは子供の経験を反映させた「発達性トラウマ障害」を提唱したが、DSM-Ⅴでは採用を拒否された。著者らはこの障害の特徴として(1)調節不全の普遍的パターン(2)注意と集中の問題(3)自分や他者と仲良くやっていくことの困難を挙げている。

第十一章

 トラウマ記憶と通常の記憶の差異を、初期のトラウマ研究の歴史を振り返りながら論じている。トラウマ記憶は断片的な感覚で構成されており、脈絡を欠いたまま、通常の記憶に統合されずに凍結されている。身体化や再演という形で記憶を想起するが、これらの方法は社会的な機能を果たせないため、周囲から誤解を招きやすい。裁判において「抑圧された記憶」の正当性が問題になることもある。

第十二章

 1世紀前にトラウマ概念が誕生して以来、トラウマに対する関心の高まりと、忘却や利害に基づく反発といった反動が繰り返されてきた。近年での揺り戻しとして「抑圧された記憶」否定論があるが、著者はトラウマ記憶が通常の(研究室で再現できるような)記憶とは異なると反論している。またトラウマの本質は「圧倒的で信じがたく、耐えられない」ことにあり、サバイバーは破壊的な過去と比較的安全な現在の二重性の中で生きていると論じている。

第十三章

 トラウマにより奪われた「セルフ・リーダーシップ」を取り戻すために、ほとんどの人は段階に応じて複数の手法を用いる必要がある。最初の目標は過去と結びついた感覚・情動に圧倒される事態への対処法を身に着けること。そのためには自分の内部で起こっていることを自覚することで、情動脳の壊れた警報システムを修復しなければならない。具体的な手段として①ヨガ、呼吸法、情動調節技法、武道等の動きによる覚醒系の訓練②身体感覚への集中、言語化、思考との相互作用の観察③安心できる人間関係の構築(難しい場合は動物)④ダンスなどグループでのリズム共有⑤ボディワーク⑥トラウマを体験した時に実行されなかった身体的衝動の完遂。更に断片的な感覚として存在するトラウマ記憶を統合することも必要で、これを助ける手法としてEMDRがある。一方で広く用いられてきた認知行動療法や脱感作の効果は限定的といえる。特に認知行動療法は有害な副作用さえ報告されている。薬剤の功罪については具体的な薬剤名を挙げながら詳細に説明されている。薬剤はトラウマがもたらす不快な症状を和らげ、治療の基盤を整えてくれる一方で、喜びやモチベーションまで抑制してしまう。著者は必要に応じて服用する薬を処方する際に、薬を飲むと決めた時に起こっていたことを記録するように患者に求めていることも明かしている。

第十四章

 トラウマ体験を正確に言語化することは不可能だが、感覚や声の調子を伴わせることで、言葉の上滑りを避けることができる。言語は記憶を首尾一貫とした統一体にまとめあげ、「セルフ」の感覚を取り戻させる。語りを他者に受容されれば孤立を脱することもできる。PTSDへのポジティブな結果は得られていないものの、「書く」ことにも全般的な健康を改善させる効果が示されている。

第十五章

 EMDRは連想作用を活性化し、経験同士を結合し直す効果があると考えられており、レム睡眠との類似性が指摘されている。機序が明らかでないため懐疑的な意見も多いが、著者の行ったプロザックとの比較研究では、EMDRの方がより長期的にPTSD指標を下げる効果があるという結果が得られた。また治療前後の脳スキャンを取る研究からは、EMDR後に前頭前皮質、前帯状皮質、大脳皮質が活性化することが確認された。ただし児童期にトラウマを負った人への効果は下がる。著者はEMDRの利点として①過去の記憶・イメージに素早く接触できる②言葉で他人とやりとりしなくていい③患者とセラピストの間に信頼関係がなくても効果が期待できる点を挙げている。

第十六章

 トラウマは自律神経系の均衡にも変調をきたす。身体的な症状が出やすかったり、小さなストレスに過剰に反応しやすかったりする原因の一つだ。著者は自律神経系のバロメーターである心拍変動の改善手段としてヨーガを取り入れている。ヨーガの動きは情動と体のつながりに気付かせ、情動調節の助けになる。トラウマの性質によってはポーズの一部がパニックの引き金になるため、ゆっくりと進めていく必要がある。著者はセラピーでもヨガのように「それに意識を向けてください」「次にどうなりますか」と声掛けすることが重要だとする。

第十七章

 人間の心は様々な構成要素が同居する社会のようなものである。通常は各要素が協同しているが、トラウマはこのシステムを破壊してしまう。最も極端な例として解離がある。各要素を単なる情動の一時的状態や習慣的な思考パターンではなく、独自の来歴や世界観を持つ個別の精神システムととらえ「セルフ」によるリーダーシップを培うことでシステムの再構築を目指すのが内的家族システム療法(IFS)だ。ここでは著者によるIFSの実践例が紹介されている。

第十八章

 愛され大切にされている感覚を持たないまま成長した人は、呼び起こすべき安全の記憶がないために、従来の精神療法があまり役に立たない。大切にされる感覚を育むための手法として、アルバート・ペッソによるPBSP療法が紹介されている。これは「主役」の過去を参加者が役割分担して再現したうえで、理想像に置き換えていくという手法だ。適宜「証言者」が「主役」の様子を実況したり、役を演じる人への指示を出す。こうした取り組みは「支えられている」という感覚経験をもたらし、過去の力を弱めることができる。

第十九章

 ニューロフィードバックという治療法の紹介。トラウマを負った人には異常な脳波が観測される。脳の恐怖中枢である右側頭葉の活動と前頭の徐波の活動が過剰なパターンが多い。ニューロフィードバックではゲーム画面などを用いて脳波パターンを誘導し、新たな回路を定着する方法だ。PTSDによる過覚醒の解消に役立つと考えられ、併存する依存症をも消失させうる。ADHDや能力向上などにも効果が期待されているにも関わらず、いまだ研究は十分進められていない。

第二十章

 古来から人間は恐ろしい感情に対処するために集団による儀式を行ってきた。その一例が演劇である。演劇は人間が置かれている現実に集団で向き合うものであるため、見捨てられた感覚に苛まれているトラウマ・サバイバーに他人と結びつく機会をもたらす。また情動を身体化する経験によって、トラウマを負った人が恐れてやまない「深く感じること」を可能にする。演劇のプログラムは荒れた学校や刑務所などで実施され、効果を上げている。