英国万歳!(英/1994)

◇本作はコメディと紹介されているようだが、お腹を抱えて爆笑するような愉快さは期待しない方がいい。この作品にあるのは権威をこけにする意地悪な笑いと、悲喜こもごもの人間模様から醸し出されるおかしみだ。イギリスコメディの愛好者には堪らない堂々たる風刺劇だが、苦手な方・不慣れな方は人間劇と割り切って観た方が作品に入っていきやすいかもしれない。一度も笑えなくても楽しめる作品だ。

 

◇原題はThe Madness of King George。前回紹介した「ザ・プリズナー」同様、舞台劇の映画化だ。ジョージ三世*1の乱心という史実を題材にしているが、要はお家騒動の話なので、事前知識がなくても状況把握はそれほど難しくない。私は視聴後に少しだけジョージ三世を検索してみたのだが、王に掴みかかられた皇太子が泣いてしまうシーンが史実通りだという記述*2を見つけて驚いた。さすがに誇張された腑抜けぶりだと思ったのに!皮肉と共感が半ばして描かれるジョージ三世とは対照的に、後のジョージ四世にあたる皇太子の扱いはただただ冷ややかだ。風体までモンティ・パイソンの「村のアホ」と重なるようで、全く容赦がない。父との人望の差が如実に表れているのだろう。

 

◇少しネタバレが入ってしまうが、面白かったのは侍従グレンヴィルの存在感だ。まるで端役のように登場して、段々と重要な立ち位置を占めていることがわかってくる。鑑賞済みの方のご意見を伺ってみたいところだが、彼はこの映画の裏主人公として配置されているのではないだろうか。現に、映画は彼の侍従就任に始まり、馘首で終わっており、時系列的には「グレンヴィル侍従記」と評しても差し支えがない。またグレンヴィルが冒頭の就任早々口にする「王だって人間だ」というセリフは、この作品で繰り返し変奏される主題だ。王を人間とみなす彼は、王と目を合わせて咎められたり*3、王に侍りながら思わず笑ってしまったりと、自然体に振る舞う。彼は王室という人工物の対にいるのだ。だからこそグレンヴィルは王であることを手放した病のジョージ三世に近づき、その近さを王に戻ったジョージ三世から疎まれることになる。グレンヴィルを放逐した王が、実態とはかけ離れた理想の家族を演じ、公衆の前に立つラストシーンは、ゴヤの「カルロス四世一家の肖像」のように滑稽さが滲んでいる。人間が人ならざる者に回帰していく摩訶不思議と苦さを味わったグレンヴィルの視線を通して見ているかのようで、やはりグレンヴィルの映画でもあるのではないかと考えてしまう。

 

◇余談だが、小ピットの印象が「アメイジング・グレイス」(英/2006)とは全く違うので驚いた。英国の奴隷解放運動を描いた「アメイジング・グレイス」では主役ウィルバーフォースの盟友として登場し、若者らしい溌剌とした一面も見せていた。なお本作でピットと敵対関係にあるフォックス卿も、ピット没後のウィルバーフォースの協力者として登場している。ぜひ見比べてみてください。

 

◇一応医学生が運営しているブログなので、最後に王の病気について少し調べてみた。映画の最後で王の病気はポルフィリン症だと考えられているという説明がある。ポルフィリン症は、ヘムという物質を作る機能に障害が起こる遺伝性の病気だ。ヘムの合成が最後まで進まないので、ヘムに変わる途中のポルフィリンという物質が溜まってしまう。ジョージ三世のタイプのポルフィリン症では、お腹の異常(腹痛や下痢など)、精神症状、疲労、神経症状、頻脈などが見られ、尿の色に異常が出ることもある*4。映画で描かれた王の症状と合致しているようだ。ただし現在ではポルフィリン症ではなく精神疾患だったのではないかという説も出ている*5ようなので、映画(および劇)では史料ではなく、現在わかっているポルフィリン症の病態に基づいて描写したのかもしれない。

 

英国万歳!/英/1994

監督:ニコラス・ハイトナー

キャスト:ナイジェル・ホーソーンヘレン・ミレンイアン・ホルム、ルパート・グレイヴス

*1:ハノーヴァー朝三代目にして初のイギリス育ちの王(ハノーヴァー朝はドイツ系)。かの有名なヴィクトリア女王の祖父にあたる。作中にも出てきた通り、あだ名は「農夫王」。当時植民地だったアメリカに強硬な姿勢で臨み、独立を招く一因となった。

*2:

マッド・オブ・キング ジョージ3世 ( 歴史 ) - 威風堂々 - Yahoo!ブログ

*3:王と目を合わせるのは不敬に当たるようだ。正気を取り戻した王が、乱心中に無礼を働いた(これも史実通りらしい)妻付きの貴婦人に謝罪しようとするシーンがあるが、ここの貴婦人が頑なに王の視線を避けているのが印象に残る。グレンヴィルの恋心を手もなくあしらう彼女の「宮廷人ぶり」が感じられるシーンだ。

*4:

Acute Porphyrias - Endocrine and Metabolic Disorders - Merck Manuals Professional Edition

*5:

What was the truth about the madness of George III? - BBC News