「英国万歳!」に見るポルフィリン症

 英国王ジョージ三世の錯乱をテーマにした映画「英国万歳!」を1か月ほど前にレビューした。

crackerboxpalace.hatenablog.com

 映画はジョージ三世がポルフィリン症を患っていたとする説に言及しており、実際にポルフィリン症の病態に即した描写をしているように見受けられることは、前回のレビューで述べた。その時はポルフィリン症についてネットで調べた知識しかなかったが、その後授業で学ぶ機会があったので、改めて「英国万歳!」を観てみることにした。

 今回の記事では「英国万歳!」がポルフィリン症をどのように描いたかに特化してみたい。まずはポルフィリン症について知るところを、簡単にまとめてみる。専門知識がなくてもご理解いただけるように書くつもりだが、病気自体に興味がなければ、下の目次から「映画を観直す」にスキップしてください。

 

続きを読む

「異邦人」(アルベール・カミュ作/窪田啓作訳/新潮文庫)

◇既に夏の気配は遠いのに「異邦人」である。暑さの盛りの頃は三島由紀夫の「真夏の死」を読んでいたため、「異邦人」ではタイミングを逃してしまった。全くの偶然だが、逆にはならなくて良かったと思う。三島の観察の鬱陶しさは汗ばむ季節の不快さと重なっていたし、寄せては引く波のようなムルソーの語りには一抹の冷涼が漂っている。

 

◇宗教的素養は貧弱、哲学の知識はほぼ皆無という二重苦を背負いながら挑んだ「異邦人」。やはり難解ではあったものの、予想よりはるかにとっつきやすかった。宗教的基盤によって立っていないからこそ、かえってムルソーの理屈を飲み下しやすかったのかもしれない。一読して理解できなかったのは、全てのものの意味を否定したムルソーが、自身の死をその証明と意味づけした矛盾だ。この疑問に関しては、この作品に冠される「不条理」という言葉を調べてある程度解決した。

カミュは不条理が受け入れることができるものであるとした。理由は、人生の意味が不条理を超えたところにあるからである。もし不条理に気づくことができれば、この世界が意味を持たないことに気づく。ということは個としての我々は真に自由であり、世界を客観的ではなく主観的に捉えることができるとした。個々が意味を探し求めて自分なりの解釈を得ていくことで幸せになれるのである。 - 不条理 - Wikipedia

 ムルソーもまた全てのものが内在的・本来的に意味を持っていることを否定していたのだろう。そのうえで、自らの手で世界に意味を与えていったのである。しかしだからこそ、彼が再構成する世界では、自身とアラブ人の死の重さに重大な不均衡が生じてしまう。彼が死に追いやられるのは人々の異端への憎悪ゆえかもしれないが、そもそも彼が審判に合った理由は彼が高度に主観的な人間だったからこそなのである。個々人が完全に自立して、自分の目だけを頼りに生きるのは、それはそれで恐ろしいことなのではないか。カミュがこの危険についてどう考えていたかを知るには、他の著作を読むしかないのだろう。

 

ムルソーの悲劇は本来裁かれる理由のないことで断罪されてしまうところにある。ママンの死に対する自身の態度が人々の憎悪を呼んでいることを察したムルソーが「泣きたいという馬鹿げた気持ち」を抱くシーンは痛ましい。社会が所与の前提とするところを共有できない人間は、人間として認められないのだ。私はここでセクシャル・マイノリティを連想した。今も世界中で、日本で、首を斬られ続けている人々だ。そんな「異邦人」は無数にいる。これは明らかに「世界の意味」を信じる人間たちの罪だ。他者を殺す人間しか出てこないこの作品を読んで、誰も殺さない生き方とはどういうものだろうかと考えずにはいられなかった。

 

「命懸けのダイエット vol.3 摂食障害」(BBC制作/1998年)

◇概要

 BBC制作「命懸けのダイエット」三部作の最終回。従来個人の性格や社会の文化という観点で語られてきた摂食障害に対し、遺伝学的・生物学的アプローチが始まっているというレポートで、仮説的ながら想定されるメカニズムの説明もされている。48分間。

 

◇感想

 一般向けに制作されたドキュメンタリーだが、従来の疾患イメージの修正というかなり踏み込んだ内容だった。恐らくカレン・カーペンターの死やダイアナ元妃の告白*1によって、イギリス人の間で摂食障害が広い認知を得ていたからこそ成立した番組なのだろう。制作が20年前なので、番組当時の仮説については改めて調べる必要があるが、豊富な患者さんの証言やミネソタ飢餓実験の説明など、ビデオだけで得られるものも多かった。

 

ミネソタ飢餓実験

 ミネソタ飢餓実験は初めて知ったので、番組の説明をまとめておく。

 1945年、アメリカのミネソタ大学で良心的兵役拒否者の30代男性たちを6か月間飢餓状態に置く実験が行われた。目的は飢餓状態が与える影響の調査と飢餓後に最適な食事復帰法の模索。実験が行われた背景には、第二次世界大戦末期のヨーロッパで1000万人が飢餓状態に陥っていたことに対するアメリカの懸念があった。

 実験期間で被検者は体組織40%減、体重4分の1減。しかし食事再開後は体重を回復した。また食べ物に対する強い執着が見られ、実験終了後まで継続する人もいた。複数の人が食事に関連する職業に転職している。この実験の結果が、拒食症患者の食べ物への執着は飢餓状態による影響という誤解に繋がった。

 

摂食障害を文化的文脈だけで理解できるか

H.ホーク博士の調査:痩身をもてはやす欧米文化が摂食障害の原因ではないかと疑い、太っていることが美しいとされるキュラソー島に拒食症患者がいるか調査。結果8名の患者が見つかり、欧米と同程度の割合で存在することがわかった。該当論文も発見。

www.ncbi.nlm.nih.govWW.ケイ博士の調査:摂食障害患者の10%は摂食障害の家族を持つという調査結果。摂食障害が文化的な要因だけだとしたら、症状が長引きすぎるという見解。

 

◇患者の証言

・20代女性(入院6回)

「この状態がごく普通になってしまっている。誰でもそうだと思うけど、いつもと同じ状態をはみ出るのって怖いのよね」

「過食期は次の食事を作りながら、手のかからない食べ物を食べている。流し込むように食べるからドライフードは駄目」

・10代女性(入院3回)

「困難なことを自分でコントロールしている感覚。ほかに友達はいらない。拒食症がベストフレンドだもの」

「一緒にできないことがいっぱいあったから、家族や友達から孤立してしまった。後悔しているけれども、拒食症と別離する勇気がまだない」

 

◇自分用メモ

*1:ほんの一瞬だが、二人の映像は番組中にも登場する。

続きを読む

「心のトラブル vol.13 PTSD」 (医学映像研究センター制作/2005年)

◇概要

 精神疾患を取り上げたDVDシリーズの一本。制作元から察するに医療系の学生を対象にしているようだが、少なくともPTSDの回に関しては一般の方が見ても十分に理解できる内容だと思う。

 「イントロダクション」「ファースト・アセスメント(再現映像)」「PTSDの歴史と治療法」「実例」の4章立てで、計24分。「実例」では銃撃事件で負傷したサバイバーとその周囲の人々がインタビューを受けている。

 

◇感想

 基本的事項がコンパクトにまとまっており、PTSDがどんな病気かを大まかに掴むのには良い素材だと思う。最低限の知識がある人にとっては、ほとんど新しい情報がないだろう。それでも実際の患者さんの声が聞けるのは貴重なので、「実例」のチャプターだけ見てみてもいいかもしれない。

 コンパクトにまとめるための工夫だと思うが、全体的にやや早口だ。「ファースト・アセスメント」に出てくるセラピーの再現映像でも、ほとんど会話に間がなく、実際のアセスメントの雰囲気を知るうえでは参考程度に考えた方がいいのかもしれないと感じた。

 

◇個人的なメモ

・アセスメントの際にはサポートできる身近な人、別のトラウマの存在、うつ合併(PTSD患者の8割は何かしらの精神疾患を合併)、飲酒量を確認

・「ジェットコースターみたいなものです。全く普通でいられるかと思えば、次の瞬間には身動きできないくらいの状態になるんです」(患者の証言、4章)

南北戦争時の「兵士の心臓」、ジョン・エリクソン卿による「鉄道脊椎症」などの記録。

第一次世界大戦時は1916年の半年間で1万6000人以上が「砲弾ショック」を発症。軍はこれらの兵を罰しなかった(=疾患として認めた)。

 

心のトラブル 海外版シリーズ日本語ナレーション版 | 医学映像教育センター