「フィリップ、きみを愛してる!」(米・仏/2009年)

◇様々な感情が湧き上がってくる映画だったが、最後に残るのは空っぽになった感覚だ。疾走するような物語の展開と、抜けるような青空と、風を全身に浴びるような音楽が混然一体となって、あらゆる感情をどこかへ押しやってしまう。奇妙な軽やかさは心地よく、ほんの少し寂しい。

 

◇天才詐欺師の主人公は、刑務所で出会った恋人を幸せにしようと、詐欺で大金を稼ぐようになる。詐欺が露見して逮捕されれば、恋人に会うために繰り返し脱獄。いかにも映画的な暴れぶりだが、実話ベースだというのだから驚く。主人公を精力的な「求愛行動」に突き動かすのは、恋人への愛であり、幼少期から続く強烈な愛情飢餓だ。過去においても現在においても、主人公は愛されているように見えるのだが、それでも飢餓感は解消されない。周囲に向けて「偽りの自分」を作り上げている彼には、「本当の自分」が受け入れられている実感が得られなかったのだろう。あらゆる代償にも関わらず、彼が正直になれないのは、彼自身が自分を愛せないからだ。悪びれる様子もなく悪事を重ねる姿を見届けた後でもなお、序盤の「良い人間になりたい」というモノローグは切実に響く。主人公が一番裏切ってしまったのは、彼自身なのだろう。

 

◇苦さややるせなさも覚えるが、冒頭でも述べた通り不思議と重い気持ちにはならない。主演二人もいい。主人公ジム・キャリーのうさん臭い笑顔だけでも笑えるし、恋人役のユアン・マクレガーも子犬系でかわいらしい。そして何より選曲のセンスが抜群だ。下ネタが少なくないので、一人で、あるいは気心の知れた人とリラックスして観るのにいいと思う。

 

フィリップ、きみを愛してる! / 米・仏 / 2009

監督:グレン・フィカーラジョン・レクア

キャスト:ジム・キャリーユアン・マクレガー

「将軍たちの夜」(米/1967年)

◇主演ピーター・オトゥールオマー・シャリフ、音楽モーリス・ジャール、制作サム・スピーゲルの戦場映画―――「アラビアのロレンス」再び、とでも言いたげな布陣である。だからこそ期待しすぎないように気を付けてはいたのだが、予想外の方向でもどかしい思いを味わう羽目になった。この映画、ともかく惜しいのだ。「アラビアのロレンス」の域には到底及ばないにしても、その年を代表する10本に入るくらいのポテンシャルはあったように思われてならない。だが要所要所で詰めが甘いために、せっかくの素材も活かし切れず、佳作手前で留まってしまっている。

 

◇本作はナチス将官3人をめぐる1つの連続殺人事件と1つの陰謀を描いている。こう書くといかにもミステリーらしいが、観客は早々に真相を察してしまうので、謎解きの快感はない。しかしそれは作り手の意図した通りだ。問題なのは、映画が目指していたであろうサスペンスの魅力が欠けている点である。ただ漫然と画面を眺めているだけでも、死地を生きているはずである登場人物たちの杜撰な行動が、幾度となく目につくはずだ。これでは緊迫感も何もあったものではないうえに、物語のリアリティまで大幅に損なってしまっている。かようにサスペンスが欠落しているうえに、人間劇としても手薄だ。よりによって主演の二人を「アラビアのロレンス」に重ねる形で陰と陽に配置してしまったせいで、余計にキャラクター描写の貧弱さが際立ってしまている。せめて配役を逆にしていれば、面白みが出たかもしれないのに!

 

◇しかし寓話として見始めた途端に、この作品は現代でも褪せない輝きを放ち始める。街の破壊に師団を動員する力を持ちながらも、己の劣情を抑える自制心すら備えない男の矛盾。そんな男が国に身を捧げる軍神として祭り上げられる皮肉。加害側にいた過去を忘れて、被害者を相手にぬけぬけと懐旧談に興じる恥知らず。戦争が生み出す夥しい死者にも、時代の変動にも目をくれず、数名の女性のための「真実」だけを追う愚直な正義が行きつく先。この映画で描かれているものは、我々の過去であり、現在であり、未来でもある。人間が愚かであり続ける限りは。この作品が優れた問題意識を作品へ落とし込むことに成功しているからこそ、物語としての脆弱さが返す返すも残念でならない。普遍的なテーマを備えたサスペンスや人間劇の傑作が数多くある以上、この映画はやはり「あと一歩」という感想なのだ。ちなみに本作が作られたタイミングには、ある出来事があったのではないかと思ったのだが、一応結末部分に触れるので脚注の形で触れておこうと思う*1

 

◇ここからは鑑賞済みの人向け。この映画で一番古臭く感じてしまうのはゴッホの自画像と見つめ合ってガクガクし始めるタンツ将軍ではないだろうか。異常心理はこの作品の時点ですら流行遅れだったような気がするのだが、ともあれ安易にブームに乗っかるものではない。ところでこのシーンに何やら違和感を覚えたのだが、ゴッホの自画像の配色が違っていたようだ。恐らく炎(つまりは戦火)を連想させる絵にしたかったのだろうが、なかなか無茶をするものである。あの部屋の出入口にドガの「アブサン」が立てかけられていたのにはちょっと笑ってしまった。

 

将軍たちの夜 / 米 / 1967

監督:アナトール・リトヴァフ

キャスト:ピーター・オトゥールオマー・シャリフトム・コートネイ

*1:本作の制作年である1966年は、ニュルンベルク裁判で最も長い有期刑を科せられた戦犯が出所した年だ。きちんと調べてはいないが、当時は話題になったのではないだろうか。この作品は恐らく当時の人々にとってタイムリーだったはずだ。ラストの歓迎会の模様も、(主催は全く逆陣営とはいえ)この時に釈放されたアルベルト・シュペーアに対する歓待を連想してしまう。本作に登場する将軍たちの戦後は、複数のナチ戦犯を振り分けたかのようである。

「あなたにもキャッチできる!児童虐待のSOS」(徳永雅子/新企画出版社)

保健師*1の著者による児童虐待の概説書。医療、心理、行政、司法と分野横断的な項目立てになっており、著者が本文中で何度も指摘している保健師の「各領域をつなぐ」機能を見るような思いがした。今となっては特に目新しく感じる記述もないものの、約20年前にこれほど網羅的かつ読みやすい本は貴重だったのではないかと想像する。

 

◇今読んでも勉強になるのは多彩なケース報告。多くの類書では事例紹介において時系列のごく一部だけが抜き出されるが、本書では対応の開始から終結(もしくは現状)までが報告されており、実務の実際がイメージしやすくなっていた。また、協力関係を築くのに消極的な他業種(特に児相)への不満を所々でやんわりと表明しているのも、現場で働く人ならではだった。

 

◇疑問もないわけではない。とりわけ引っ掛かりを覚えたのは「アルコール依存症措置入院は悪影響」と断じていたことだ。本人の意思がなければ治療効果はないというのが著者の主張なのだが、そもそも自傷他害の恐れを取り除くことを目的とする措置入院の功罪を治療効果で論じるのは的外れではないか。少なくともこのような断定をする以上は、著者の主観を超えた根拠を提示すべきだったと思う。また育児を母親が担う前提の書きぶりも、20年前の本なので仕方がないとはいえ、今読むと引っ掛かりを覚えてしまう。ともあれ、コンパクトながらも児童虐待をめぐるトピックがぎゅっと凝縮された良書なので、入門書としての価値を現在も失っていない一冊ではないだろうか。多くの児童虐待の本が児童に集中するなか、母親対応にウェイトが置かれているのも特徴的なので、関心が合致する方は探してみてください。

あなたにもキャッチできる!児童虐待のSOS (新企画サイエンスシリーズ) 新書-Amazon

*1:ちなみに本文中では「保健婦」の表記が使われている。男性との名称統一のため、本書執筆から3年後の2002年に「保健婦」から「保健師」へ名称が変更になった。

「愛しのフリーダ」(米・英/2013年)

◇17歳の若さでビートルズの秘書になったフリーダ・ケリーのドキュメンタリー。原題"Good Ol' Freda"の"good oldという表現は、私にとってシャーロック・ホームズでなじみ深い。第一次世界大戦の足音迫る「最後の挨拶」で、ホームズは相棒のワトソンにこんな言葉を投げかけるのだ。「Good old Watson! 時代が移り変わっても、君は少しも変わらない」シリーズ最終話、最後の台詞である。

 

◇ホームズが愛惜を寄せたワトソンの佇まいは、この映画から受けるフリーダの印象と重なる。狂乱の中でも自分を強く持ち、なすべきことをなしてきた人がまとう安心感なのだろうか。ビートルズや、その側近・家族が彼女に寄せた信頼の理由が、何となくわかる気がするのだ。数多いビートルズ関連作品の中で、本作は決して初心者に親切な部類ではない。ビートルズのドキュメンタリーではないから網羅性に欠け、前提知識がないとなかなかぴんとこない(面白さのわからない)話も多い。だがビートルズのドキュメンタリーではないからこそ、ビートルズファン以外の方が見ても楽しめるのではないだろうか。歴史の変わり目に立ち会った女性、不自由な立場にいながらも最高の仕事で信頼を得た職業人の記録を、色んな方に見てほしいと思う。

 

愛しのフリーダ/米・英/2013年

監督:ライアン・ホワイト

 

◇以下は私的メモ。

続きを読む